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「アサリがあっさり死んだわけ」の何が凄いのか考えてみた  このエントリーをはてなブックマークに追加

文部科学大臣賞を受賞した豊島区池袋第三小学校4年、大澤暁人くんの自由研究「アサリがあっさり死んだわけ」に、ネット上で称賛の嵐が巻き起こっています。

アサリがあっさり死んだわけ
http://www.toshokan.or.jp/shirabe-sp/14sakuhin/2asari/HTML/index.html


詳しい内容は上のリンクから見ていただきたいのですが、
とにかく、通常の小学4年生のレベルをはるかに超えています

何が凄いのか考えてみたところ、以下のような事がすごいのじゃないか、と思いました。

①仮説→実験による検証のプロセスに則っているなど、「研究」の基本が押さえられている
アサリはなぜ死んでしまったのか」という身近な疑問を掘り下げる際、大澤くんは4つの仮説を立て、それを検証するためにそれぞれの手法を考え付いています。
大学生のレポートでも、なかなか仮説→適切な実験での検証というプロセスがしっかり踏まれているようなものは今日日お目にかかれず、ましてや小学生でこうした発想を持っているのは見事としか言いようがありません。
さらに、末尾には参考文献・協力者などを載せている点も、一般的な研究論文の基本的かつ重要な構成を押さえていると思いました。

②自分で手を動かし、足を動かした結果、単なる実験にとどまらず大きな問題意識を持つに至っている
アサリはなぜ死んでしまったのかというテーマだけに突き進むのではなく、大澤くんは途中で「干潟ってなんだろう?」など、研究の中で出てきた新たな疑問を、自分の手で調べることによって解消していきます。
そして最後には、アサリという生命にからめ、環境や生命のバランスがいかに重要なものか、人間はどうしていかなければならないのか、についてまとめています。
また、最後のまとめでは、「釣ってきたハゼはなぜアサリを食べようとしないのか」について言及し、「僕の研究はまだまだ終わらない」と締めくくります。
今回解消できなかった新たな疑問点・今後の課題について踏み込むことに、大変な意欲を感じずにはいられません。

③編集・構成の巧みさ
構成も見事です。大澤くん自身をモデルにしたと思われるメガネの少年風イラストが喋ることは、大澤くん自身の実験中に湧き上がる素朴な疑問をありのままの口語体で表現するために大きな役割を果たしています。
さらに、レポート中にふんだんに使われている図表や写真、イラストは、絵のレベルこそ小学生そのものですが、面倒臭がらず何個も同じようなイラストを書いて変化を追ったり、ともすれば億劫になってしまうような細かい描写を写真に残しているのは見事です。

ただ、こうした大澤くんの論文が、一人で出来上がったものだとはどうしても思えないのです。
もちろん、何もパクリだとか、親が書いているとか野暮な言う事を言うつもりはありません。
上に挙げたことの全ては、大澤くんが自ら感じ取り、実験した結果であることは言うまでもありません。

しかし、この「研究論文」の影には「優秀な指導者」の存在を感じずにはいられません。
なぜなら、この作品はあまりに基本を押さえすぎているからです。
仮説→実験のプロセスが偶然ではなく、意識して書かれていますし、参考文献の書き方も、知識として知っていなければ絶対にこのような形式で書くことはできないと思います。
つまり、こうした基本をしっかり知識として教えた上で、補助輪のように大澤くんをサポートした大人がいるはずなのです。
こうした基本を教え、まさに導いていくということは、対象が大学生であっても相当辛いと思います。
ましてや小学4年生にも分かるようなやり方で、粘り強く教えていくというのは並の指導者にできることではありません。

この自由研究は夏休みに書かれたものだとすると、先生は直接の指導役ではないわけですから、大澤くんの親がそうだったのでしょう。
さらに言うと、写真撮影のサポートに「父母」と書いてありますが、仮にお父さんが一般的なサラリーマンだとすると、なかなか夏休みじゅうフルサポートで写真撮影を手伝うことは難しいのではないかと思います。
そこから察するに、お父さんが自由業または研究者、もしかするとお母さんもそれに近い方なのではないでしょうか。
いずれにしても、教育者であることは間違いないのではないかと思います。

僕が思うのは、単に「小4でこんなにかけてすごいなー」というだけではなく、日本にも子供にここまでの教育をすることができるのだという事実です。
また、家庭教育として親がしっかりと子供のやろうとしていることをサポートすることの重要性を非常に強く感じました。

どんな教育環境にあろうと、親が子供の才能をしっかり伸ばしていくことはできると感じました。

日本は少子高齢社会ですが、少子高齢社会の強みは、「少人数の子供を、知識や経験豊かな年長者がきめ細かく指導していける」ことにあるのではないでしょうか。

今後の日本の教育に期待したいところです。



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